ジョブでセグメンテーションを行い、
自社が最も顧客を獲得しやすい
ターゲットを知る

コレクシアマーケティングケーススタディ 特集記事



Q:どんなセグメンテーションを行い、誰をターゲットにすべきか、どうやって決めるのでしょうか。概念としてはマーケティングのSTPを理解していても、実務で実践できていません。

A:「ジョブ」でセグメンテーションして市場規模を測り、競合の影響を考慮して、自社が獲得できる顧客数が多いジョブをターゲットに設定しましょう。


●従来のセグメンテーションの落とし穴を知る

STPとは、マーケティングの大家であるフィリップコトラーが提唱した理論で、現在もマーケティングの基礎として広く用いられている考え方です。Segmentation、Targeting、Positioningの頭文字をとることでSTPと呼ばれており、自然と多くのマーケターはS、T、Pの順でマーケティングを考えていることが多いと思います。つまり、市場を何かしらの軸で分けて(Segmentation)、狙うべき客層を見つけ(Targeting)、その顧客層にとってブランドが価値として認識されるように施策内容を決めていく(Positioning)、という流れです。



まずどんな軸で市場を分ければよいのでしょうか。従来のマーケティングリサーチでは、性年代などのデモグラフィック変数や、価値観などのサイコグラフィック変数で市場を分割する方法がよく用いられてきました。しかし性別や価値観が同じだとしても、何をどれくらいどんなタイミングで買うかは個人個人で違うので、売上の見通しが立ちにくくなります。

では、すでに買ってくれている人の属性で市場を分けるという考え方はどうでしょうか。例えば、ABC分析やデジタルプラットフォーム内に蓄積された購買データ、LTVのような指標を用いてターゲットを見つけよう、というようなアイディアです。この方法は一定の購買実績がある人の属性を逆引きするわけですから、売上の見通しやチャネル選定を行いやすいという点には合致しています。ですが購買データのみでセグメンテーションした場合、「買う理由」がわかりません。買う頻度や買う場所が同じだからといって、買う理由まで同じとは限らないからです。

購買データでセグメントを分けると動機やニーズが入り乱れたセグメントになり、ブランドの何に魅力を感じてどんな便益が価値となって買われているのかという理由が判断しにくくなります。そして、買う理由が分からなければ、「その人たちにリピートしてもらうにはどうしたらいいか」や「どうしたら買わない人にトライアルしてもらえるのか」も分からないので、売上の見通しは立っても、”攻め方”が分からないわけです。

実践的なセグメンテーションを行うには、その軸で市場を切ってその後どうするのか、どうターゲットを決めてどう攻め方を決めるのか、切る前に考えられていることが大切です。

 
●解決指針とタスクフロー

・分析ポイント1 「その軸で市場を分けて、それからどうするのか」を事前に決めておく
・分析ポイント2 買う理由が生まれる「課題の文脈=ジョブ」に目を向ける
・分析ポイント3 ジョブでセグメントを捉え、規模の大きさと解決することによるリターンに着目する
・分析ポイント4 自社と競合がどんな価値として求められているのかを理解する
・分析ポイント5 自社が獲得できる顧客規模が大きいジョブセグメントをターゲットとして選ぶ

■分析ポイント1 「その軸で市場を分けて、それからどうするのか」を事前に決めておく

顧客体験マーケティングでは、ブランド側に売りたい製品やサービスがあるとして、それが価値として成立するパターン、つまり「Positioning(ブランドからの提案)→Target(価値として受け入れた人)」がすでに成立しているパターンを先に見つけておきます。それらのパターンで市場を分割して、収益性や競合優位性を比べ、ターゲットを決めます。こうすることでターゲットが決まると同時に「こう攻めれば、これくらいの売上を狙えそうだ」というポジショニングの筋も見えてきます。



ポジショニングとターゲットが噛み合っているパターンを見つけるには、「なぜ買われたのか、なぜブランドが価値になるのか」という理由側に目を向けることが重要です。ただし、顧客が口にした買う理由そのものでターゲットを決めようとすると、うまくワークしないでしょう。

顧客に「なぜ買ったのか」を聞いても、それが本当にブランドを選んだ理由とは限りません。特に飲料や菓子、冷凍食品などの低関与商材や最寄品の場合、明確な理由を持って買われることが少ないため、買った理由を聞いても「特になし、安かったから」が相当割合を占めることがあります。しかしそのような場合でも、言語化されていないだけで、ブランドは何かしらの価値として成立しています。その原理に着目します。

 
■分析ポイント2 買う理由が生まれる「課題の文脈=ジョブ」に目を向ける

そもそも、買う理由はどこから来るのでしょうか。ブランドを含めモノが価値として受け入れられるためには、モノが価値に変わる”課題の文脈”が必要です。風邪をひいていない人にとって風邪薬はまだ価値ではなく、薬というただのモノです。熱が出てしんどいという事情や、家族が風邪をひいた時に備えるという解決したい課題の文脈においてはじめて、風邪薬は"モノ"から"価値"に変化し、購買されます。

逆に言えば、ブランドが買われたということは、顧客側にブランドが価値として成立する課題の文脈があったということです。このことをもう少し掘り下げてみましょう。ブランドにはさまざまな機能、成分、デザイン、品質などの属性があります。しかしそれら単体では買う理由にはなりません。機能が解決する課題、その成分が必要になる事情、そのデザインが求められる背景や感情など、顧客側の生活文脈とブランドの属性がマッチすることで、”そのブランド”を買う理由が生まれます。



この文脈は、「ジョブ」で考えると分かりやすいかもしれません。ジョブは、クリステンセン教授が提唱するジョブ理論の中に登場する概念で、片づけるべき仕事と訳されます。顧客は、生活の中で様々なジョブを抱えており、そのジョブを片付けるためにモノやサービスを購買する(時には購買せずに、代替品で済ませたり我慢したりする)という考え方です。

ジョブが生まれる文脈があってはじめて買う理由が生まれ、ジョブを解決できるブランドが価値として認識され、購買されるわけです。ということは、ブランドが価値として成立するジョブを抱える人なら、ブランド側の働きかけ次第で買う理由を狙って作ることもできるわけです。今は買っていなくても将来買ってもらうことが期待できますし、すでに買っているなら次も買ってもらうことが期待できます。

 
■分析ポイント3 ジョブでセグメントを捉え、規模の大きさと解決することによるリターンに着目する

つまりターゲットを見つけるとは、「ブランドが価値として成立するジョブを見つけること」に他なりません。顧客の課題には様々なバリエーション(参考:「顧客の課題感と発生メカニズムを科学的に解き明かす」)があるため、まずは「どのようなジョブを抱える人がどれ位いるのか」というセグメントを考える必要があります。問題は「自社ブランドが解決する事で最も大きなリターンを期待できるジョブは何か?」ということです。見た目のセグメント規模が大きくても、自社が全顧客を獲得できるわけではありません。したがって、ターゲット決定には「自社が獲得できる顧客数が多いジョブセグメントはどこなのか」という情報が必要になります。

この時、考慮すべきなのが競合の存在です。ジョブを解決できると期待されて購買されるのは先に述べた通りですが、その価値を提供できるのは自社だけとは限りません。ここで、競合とは何なのか改めて考えてみましょう。まず求められる価値が同じということは、ジョブが同じということです。熱が出た人は、何等かの手段で熱を下げたいわけです。それは解熱剤かもしれませんし、額を冷やす氷嚢かもしれません。熱めの風呂に入って寝ることかもしれません。手段は違えど、期待される価値は「熱を下げて楽になること」です。この価値を求める人は、熱によるしんどさを何とかしたいというジョブを持った人です。



このように、同じジョブに対して同じ価値を提供できると認識されている商材、サービス、手段、代替品が競合です(便益競合と言ったりします)。自社が属する商材カテゴリの競合に限らず、同じ価値で顧客を奪い合っていれば全て競合です。逆に、同じ商材カテゴリの別ブランドであっても、自社とは別の価値として認識されているなら競合ではありません。ジョブが違えば求められる価値が異なり、同じ財布を奪い合っていないので競合してないわけです。

つまり競合環境とは、ある同一のジョブに対して類似の価値を提供するブランドや代替手段、選択肢が複数ある状況と捉えることができます。であればその中で、「自社が最も選ばれやすいジョブは何か」を逆算すれば、解決することによるリターンが大きなジョブを特定できます。そこで、まずは自社が価値として求められているジョブは何で、それぞれどの程度の市場規模があるのか、自社はどんな価値として求められていて競合はどんな価値を提供しているのか、これらを一覧に整理します。



自社ブランドと同じセルに分類されるものが競合というわけです。この表ではジョブ(ターゲット候補)と価値(ポジショニング)の組み合わせでセグメントされているため、ターゲットが決まると同時に「なぜ買われたのか、ブランドの何が価値になるのか」も特定できます。攻め方の大まかな方向性が定まるわけです。

 
■自社が獲得できる顧客規模が大きいジョブセグメントを選ぶ

では、実際にターゲットを選んでみましょう。先程の価値競合マップから分かることは、特定のジョブを持った顧客はある時は自社を買い、ある時は競合を選び、またある時は代替品で済ます可能性があるということです。この時、「あるジョブを持った人にはより自社が選ばれやすい」ということが分かれば、そのジョブを抱える顧客をターゲティングして、施策により彼らの選択を促進すればよいことが分かります。そこで次のような表を作成します。



これは遷移確率行列といい、あるブランドを買った人が次に何を選ぶかをまとめたデータです。市場調査で簡単に作ることができ、この遷移確率と現在の市場シェアから、各ジョブセグメントでの自社の選ばれやすさを知ることができます。まず、この遷移確率行列をジョブごとに作成しておきます。次に、現在のシェア(顧客数)に遷移確率行列から得られた次回購入時の購買意向を掛けて、それを実数に直します。次の表はジョブセグメント1における次回購買意向を推定したものです。



ジョブセグメント1では、何もしなくても約200万人の自社購買意向が発生していることが読み取れます。この購買意向者数が多ければ多いほど、自社が選ばれやすいセグメントであるということです。セグメント間で比較してみましょう。



比較結果を見ると、スイッチ意向のベースラインはジョブセグメント1が最も大きい(129万人)ので、新規獲得ならジョブセグメント1をターゲットとすべきです。もしリピート購買を促進したいのであれば、ジョブセグメント2(72万人)をターゲットとするという考え方もあるでしょう。

ターゲットが決まれば、次はそのターゲットに対する具体的な価値提案を開発していきます。ジョブでセグメントを切った場合、何が価値になるかという大まかな方向性は決まるのですが、実務では競合に勝てるかどうかという視点で提案を絞り込む必要があります。長くなるので、これらについては次の記事で紹介しています。

”価値提案の選び方と、競合に勝つ「ゲーム」を作る方法”