顧客の課題感と発生メカニズムを
科学的に解き明かす

コレクシアマーケティングケーススタディ 特集記事



Q: 代表ブランド以外にもヒットを作りたい。全く売れないわけではないが、マスターブランド以外は特に目立った所もなく売上が先細りになっていくパターンが多い。代理店には「とにかく認知を上げないといけないんで」と言われ、機能が優れていることを伝える広告を打ってきたが、他社を見ると実に様々な取り組みをしており、このままでいいのかという疑問がある。

A: 認知至上主義を捨てて、顧客の課題感醸成に注力しましょう。

代理店は、認知拡大がメインでないときも、認知拡大と同じアプローチを提案しがちです。認知拡大プロモーションにおける王道は、「旬のタレント×機能性メッセージ連呼」のパターンです。この時、例えば「○○成分を最大量配合、△△で今までにないサウンドを実現」のように、開発中に使われた「メーカー用語」が、そのまま広告にメッセージとして使われることがままあります。特に、製品の性能差異がはっきりしている耐久消費財よりの商材や、一般消費財でも高機能性の商材で、代理店に丸投げした時によく起こる印象です。

メーカー内で使われていたコンセプトを、代理店がそのまま機能性メッセージとして使うのは、楽だからです。そして間違いがないからです。こういったメーカー言葉は開発視点のコンセプトが多いので、顧客が価値に感じられる文脈や表現に翻訳する必要があります。しかしそうすると、顧客調査や分析のコストがかかりますし、プランナーの工数も確保しなければなりません。また、翻訳を間違い、クライアントに「イメージと違う」と言われる可能性もあります。反面、クライアント側で共有されているメーカー言葉をそのまま使えば、意図と違うと言われる心配はないですし、コストもかかりません。

しかし、単純に認知拡大するだけでは、売上はやがて先細りになります。ダイレクトマーケティングやショッパーマーケティングが進化した今、知らないと買えないということはほぼ起こりません。多くの消費財では、POP(ポイントオブパーチェス)で非認知の状態から購買まで一気に動きます。ただし、知っているだけでは購買理由になりません。例えばAIDMAやAISASなど、どんな購買行動モデルでも、認知から購買までは2,3ステップ挟みます。つまり、認知はスタートとしては大事だが、それ以降のフェーズをケアせずに単純に認知だけ伸ばしたところで大した効果はない、もしくは早い段階で上げ止まるという事です。

本稿では、認知拡大の次にマーケターが意識すべき、「課題感醸成による買う理由作り」を科学的に行う方法を紹介します。

●解決指針とタスクフロー

・分析ポイント1 課題とは何であって、何でないのかを明確にする
・分析ポイント2 なぜ課題感が重要なのか~需要を生む新しさと、新しいだけでコケる広告の違い
・分析ポイント3 課題解決型のコミュニケーションストーリーの描き方を知る
・分析ポイント4 イメージ形成型のコミュニケーションストーリーの描き方を知る

■分析ポイント1 課題とは何であって、何でないのかを明確にする


開発時の製品特徴をそのまま説明する広告開発をよしとせず、なぜその製品特徴が価値になるのかという顧客価値に翻訳するようにしましょう。機能や成分は、組み合わせる顧客の課題感次第で、さまざま”物語”に仕立てる事が可能です。そして、類似の機能を提供する競合に勝てるかどうかは、その物語が大きく影響します。この物語作りにおいて重要なのが、「コミュニケーションを通してどんな課題感を持たせればよいか」という課題感の醸成です。課題があるからそれを解決するブランドが価値になります。いくら機能性に優れていても、知ってるだけでは買う理由になりません。機能が解決する課題があって買う理由が生まれます。

ここからは、広告開発において重要だがお座なりにされがちな課題感醸成について、理解を深めていきましょう。課題感とは何であって何でないのか、どうしたらブランドが価値になる顧客の課題を見つけ、広告表現に落とし込みことができるのか、ステップバイステップで解説します。

まず、「顧客が生活の中で当たり前と認識してきたことが、当たり前でなくなること」で、現状の体験が「課題化」されます。広告を例に、この課題感の発生メカニズムを詳しく見ていきましょう。まず顧客は、広告で描かれた体験と、自分が暮らしている現状の生活が違うという差分を認識します。この差分を認識することで、今まで当たり前に行ってきた行動や疑問を持つこともなかった生活側面に初めて意識が向くようになります。




生活に深く根差していることであるにも関わらず、普段意識することがないため、いざそれが崩れた時に「あれ困ったな、どうしよう」という課題感が発生するわけです。そこに、その課題を解決する手段として、ブランドが価値に変わる「余地」が生まれます。心理学に認知的斉合性(せいごうせい)という考え方があります。もともと自分が持っている認識と矛盾する内容の情報や状況に直面したとき、人は心理的な不均衡を感じて頭の中でつじつまを合わせようとします。

このとき、認識に変化が起こります。新しい情報に対して矛盾が起こらないように、これまで自分が培ってきた認識や物事の見方を調整するわけです。広告によって芽生えた不均衡を解消するには、提案された理想と現状の差分をゼロにするか、理想と現状のどちらかを否定するしかありません。しかし理想と現状が異なっているのは事実なので、差分をゼロにはできません。

ブランドから提案された理想を生活者が否定すれば、不均衡は消えます。例えば新車を買ったばかりの人は、他の車のCMに対して否定的になります。ブランドからの提案に興味がない、よく分からない、単純に好きじゃないと判断された場合も否定されます。



提案された理想を生活者が否定しなければ、今まで当たり前と思ってきた体験の方に疑問や違和感を覚えるようになります。大して気にしていなかった問題やそういうものだとあきらめてきたことに課題感が生まれ、その課題が差分の原因になっていると認識を変えることで、つじつまを合わせようとするわけです。




■分析ポイント2 なぜ課題感が重要なのか~需要を生む新しさと、新しいだけでコケる広告の違い


ここで一度、制作サイドに目を向けてみましょう。代理店は広告制作において、「新しさ」を重視しがちです。新しい切り口や表現の新規性など、今までにないクリエイティブ作りを重視します。しかし注意したいのが、「顧客に課題感を持たせることができて初めて、新しさは需要につながる」という点です。

例えばTVCMを見て、面白いけど何が言いたいのか分からないという印象を持ったことはないでしょうか。この”クリエイティビティありき”タイプの広告は当たり外れが大きいのが業界の常ですが、コケる時の理由は明快です。リーチしても、受け手に何の課題感も生み出していないからです。人気のタレントや面白いプロット、最新のCGを使っても、受け手に何の変化も起こせなければ、それは”広告が新しいだけ”になってしまいます。



そもそもマーケティングに新しさが求められる1番の理由は、「今まで買ってくれなかった人は、同じことをしていても買ってくれないから」です。同じことをしても新たな需要や市場を生み出さない、イコール売上が期待できないから歓迎されないわけです。逆に言えば、新しさが求められるのは、今まで起こせなかった変化を起こすためです。新しいメッセージ、新しいクリエイティブで、今まで買ってもらえなかった人に買ってもらう、いわば新しい需要を生み出すために新しさが必要なわけです。

新しさが需要を生み出せるか否か、その分岐点になるのが「課題感が生まれたかどうか」です。問題意識がなかったことが重要な課題へと変化した、ないしは今まで当たり前だと思ってきたことの価値を再発見したといった、認識の差分に需要が生まれるからです。つまり、広告開発に求められる新しさとは、この「認識の差分が生む新しいという感覚」を指すわけです。

■分析ポイント3 課題解決型のコミュニケーションストーリーの描き方を知る


需要につながる課題感を作りだすには、「顧客にとっての当たり前が当たり前でなくなる」ようなストーリーを描き、現状の体験との差分を作り出せばよいわけです。このストーリーの描き方には、大きく課題解決型のストーリーとイメージ形成型のストーリーという2つの”型”があります。課題形成型のストーリーは、顧客の課題を解決する価値としてブランドを位置づけるロジックになっており、主に機能性商材のプロモーションに使われます。新しく開発した機能や成分、競合への優位性など、特定の課題に対してブランドが解決手段となることを伝える構成になっています。いくつかケースを見てみましょう。

・【新しい機能を知ることで、課題感が生まれるケース】

新しく開発された機能や成分を中心にしたコミュニケーションは、その機能や成分で実現できる「新しい当たり前」を浮きぼりにします。それにより、顧客に「課題が解決された状態」という新しい視点が生まれます。その視点から改めて「現在の生活」と「その課題が解決された生活」を対比させた時、現在の生活が陳腐で問題にあふれているように感じられ、解決したいと感じるようになります。今まで不満もなく疑問視してこなかった当たり前のことが、当たり前に思えなくなるわけです。

例えばスマートフォンのアプリが良い例です。ファストフードは最寄り店に出向いて買うのが当たり前でしたが、今ではアプリを使えば家まで出前してもらうことができます。「買いに行かなくても届けてくれる」という課題が解決された状態を知ってしまうと、わざわざ買いに行くというそれまで当たり前だった行為が面倒な課題として感じられます。機能によって課題が解決された状態を最初に描くことで無自覚の課題を顕在化させ、顕在化した課題感が新たな需要を生む。これが新機能や新成分が課題感を変化させる構造です。昔からある機能や成分でも、今まで広告で取り上げてこなかった側面にスポットライトをあてることで、同様の効果を再現することができます。

・【新しい使い方を知ることで、課題感が生まれるケース】

機能ではなく「使い方」を伝えることで、自分が解決に取り組むべき課題として認識されるパターンもあります。皆さんは、デンタルフロスを使っていますか。私はフロスを昔から知ってはいましたが、普通の歯磨きで済ませていました。デンタルケア=ブラッシングという当たり前が成立しており、そこに新たな習慣を取り入れるのが面倒くさかった、というのが主な理由です。しかし最近、SNSで「フロスは風呂場ですると続きやすい」という使い方を知り試してみたところ、毎日続くようになりました。自分に合った使い方があるという視点を得たことで、歯の側面や歯周ポケットの汚れという「知ってはいたけど未対応だった課題」が、「積極的に解決に取り組みたい課題」に変化したわけです。

・【新しい解決法を知ることで、課題感が生まれるケース】

課題が「現実的に解決可能」と理解されて初めて、取り組むべき課題と認識されることもあります。解決できない問題を自分にとって大事な課題と認めることは認知的不協和になるため、避けたいという心理が働きます。解決をあきらめている、または解決したい気持ちを飲み込んでいる状態の顧客は、現実的に解決可能であること(解決方法があること)を知って初めて、自分が取り組むべき課題として認めることができるのです。例えば、AGA(男性型脱毛症)を例に挙げてみます。進行性の抜け毛は、積極的に解決に取り組む課題と捉えるより、あきらめてしまって何もしないという層が一定数存在します。あきらめてしまうことが当たり前だったわけです。そこに医学的な治療法としてAGAをポジショニングすることで、「疾患と薬」という視点を持ってもらい、治療法があるなら取り組みたいという課題感が生まれます。

・【新しいリスクを知ることで、課題感が生まれるケース】

リスクや落とし穴、失敗談、デメリットを理解することでも現状の認識は変化します。ネガティブな事実を知ることで、当たり前が変化して課題感が生まれるパターンです。「新しい解決法を知ることで、課題感が変化するケース」と似ていますが、こちらは解決しなかった場合の損やリスクを認識していながら何もしないことに認知的不協和が生まれ、それを避けるために課題感が生まれるというケースです。例えば、「1カ月使い捨てのコンタクトレンズを使っていて、毎日こすり洗いをすべきなのは知っているけど、疲れた時などつい忘れてしまっていた。しかし細菌感染などで失明する可能性があることを知ってからは、毎日しっかり手入れするようになった」といったような場合です。リスクや損失があることを知り、それを避けたいという視点が生まれると同時に、知ってはいたけどつい忘れてしまうという当たり前が、積極的に取り組むべき課題として認識され直したわけです。

・【新しいイメージや理想を知ることで、課題感が生まれるケース】

海外の街並みや都会の高速道路を疾走していく車が描写される、自動車のCMを考えてみましょう。一見、課題解決ではなくイメージ訴求のコミュニケーションに見えますが、このタイプの表現も課題感を変化させる作用があります。どこに課題感が生まれるのかというと、受け手の現状のカーライフです。クリエイティブに接触することで、今持っている車に不満がなくとも、受け手の現在のドライブシーンが疾走感のあるドライブシーンと比較されます。そしてその対照的な視点から見たとき、それまで当たり前だった“疾走していない”自分の車やカーライフが解決したい課題に変化するわけです。

■分析ポイント4 イメージ形成型のコミュニケーションストーリーの描き方を知る


このように課題解決型のコミュニケーションは、機能、使い方、解決法、リスク、イメージといったさまざまな外的刺激を軸にしたストーリーを描くことで、顧客の課題感を更新して、ブランドが価値として成立する文脈を作り出します。これに対してイメージ形成型のコミュニケーションは、今まで当たり前と認識されてきたことに対して異なる解釈を与えて、「価値ではない現状」と「価値として描かれている提案」の間に認識の差分を作り出します。



「当たり前が当たり前ではなくなるという変化が需要を生む」という構造は課題解決型と同じですが、課題解決型では【当たり前として認識されている現状が課題化される】のに対して、イメージ形成型では【当たり前として認識されている現状が価値あるものとして再認識される】ことで新しい価値基準が生まれ、ブランドが価値として成立するきっかけを作ります。

イメージ形成型は、主にコーポレートブランドやマスターブランドのイメージ形成や、中長期的な企業価値向上のためのブランディングに使われます。特定の課題解決における機能性を語るのではなく、ブランド資産としての人財や企業文化、研究開発や職人の技巧、メッセージ性の高いブランドストーリー、企業のビジョンなどを伝えることで、好意的なイメージを醸成したりブランドへの帰属意識を高めたりすることに長けています。いくつかパターンを見ていきましょう。

・【新しい事実を知ることで、価値を再認識するケース】

事実に基づいた新しい情報を知ると、今まで当たり前だと思っていた現状に対する評価が変化します。例えばいつも使っている洗剤が実は環境にやさしいことを知る、美味しいからよく飲んでいる飲料品が実は体にも良いことを知るなど、特に気にせず過ごしてきた体験や使ってきたブランドの付加価値を知ることで、その体験の価値を再認識したり、そのブランドに対してより好意的なイメージが形成されるケースです。新事実がポジティブな情報の場合、価値が再認識されプラスのイメージ形成が行われますが、新事実がネガティブな情報だった場合は課題感が認識されることになります。イメージ形成型はストーリーの展開次第で、「現状体験のポジティブな側面が評価されることで、当たり前と認識してきた現状の価値を再認識する」場合と、「ネガティブに認識してきた現状体験に対してポジティブな視点を得ることで、価値を再認識する」場合に分岐します。

・【現状体験のポジティブな側面が評価されることで、価値を再認識するケース】

生活の中で当たり前と思われていることを再評価することで、価値を再認識してもらうことができます。このケースでは日常当たり前に起こっている体験や生活側面にスポットライトが向けられ、その当たり前に潜む希少性やありがたさ、幸せ、安堵感、尊敬といった価値に気づくことで価値を見過ごしてきた現状との対立が起きて、現状を価値のあるものとして再認識します。この気づきがブランドに対する好印象につながります。代表的なテーマが「お母さんお父さん、ありがとう」です。親が子に向ける愛情や苦労に対して感謝を表すというストーリーは、家庭や仕事といった日常生活の中で当たり前に繰り返されるテーマにスポットを当てて、その価値を再認識する機会を与えます。この再認識が新しさになり、そのメッセージを発信しているブランドに対する好意や共感が形成されます。

・【ネガティブに認識してきた現状体験に対してポジティブな視点を得ることで、価値を再認識するケース】

一般的にネガティブな感情や印象を持たれるシーンやテーマを取り上げて、ポジティブな捉え方や文脈で再解釈を与えられることでも価値を再認識してもらうことができます。劣等感、引け目、あきらめ、面倒臭さ、リスクといったネガティブイメージを当たり前に持っている日常の習慣や行動に対して、ポジティブな捉え方やプラスの側面に気づくことで、価値を見過ごしてきた現状との対立が起き、現状を価値のあるものとして再認識します。そして、そのような視点を提供してくれたブランドに対して好意が形成されるという構図です。例えば、失敗という言葉には一般的にネガティブなイメージがつきまといますが、「失敗してもいい。失敗は成功の母。頑張ったことが次への自信につながる。」というテーマで再解釈すれば、チャレンジすることに価値があるという再認識につながるかもしれません。このようにネガティブな印象、つまり「価値がない」という認識を「価値がある」という認識へ変えることで、その視点を提供してくれたブランドへの好意的なイメージを形成するわけです。