顧客体験の観察とナラティブ分析
コレクシアマーケティングケーススタディ 特集記事
Q: 顧客のインサイトやニーズを拾う部分が弱い。なんとなく定性で顧客の声は聞いているが、広告や製品作りに活かされてない。リサーチをしても、代理店に任せた後がアイデアドリブンになってしまい、ブランドの軸がブレることが懸念。ちゃんと軸を持った提案をメーカー側で作っていくべきという問題意識がある。
A: ナラティブアプローチで顧客体験を観察して、ブランドが顧客にとっての価値として成立する条件を見つけ、ブランドの強みや競合との違いを顧客体験に”翻訳”しましょう。
●アイデアの顧客体験への翻訳
顧客の声を直接的に製品や広告に反映しようとすると落とし穴にはまります。ブランドが売りたい機能や新開発された成分があったとして、それを「最終的にどんな顧客体験へ翻訳すればよいか」という視点で考えていきましょう。
顧客体験軸で考えるべき理由の1つとして、顧客がブランドに価値を感じるタイミングが体験時だから、ということが挙げられます。課題が解決され購買前の期待が満たされ、自身の生活がより良く変化することが、ブランドが顧客にとっての価値として成立する源泉になるからです。
つまり、「現状の体験が、どんな体験に変化すれば価値になるのか」という終着点を顧客体験レベルで最初に定義しておいて、そこから価値提案や製品要件、広告で語るべきメッセージなどを逆算していけばよいわけです。顧客体験マーケティングでは、これを「アイデアの顧客体験への翻訳」と呼びます。
マーケターとしてはここで顧客の声やインサイトを活かしていきたいわけですが、落とし穴があります。顧客の声を取り入れたのに成果が出なかったという時よくあるのは、製品の良さやブランドの強み、競合との違いをどう伝えれば欲しいと思われるかという視点で考えを進め、出来上がったアイデアやコンセプトに対して顧客に直接欲しいか(買いたいか)と聞き、購買意向が高い案を採用する、といった流れです。
一見顧客の視点を取り入れているように聞こえますが、この進め方だと、すでに出来上がったモノ(製品コンセプトや広告のストーリー)に価値を感じるか感じないかという”結果の検証”にしか顧客視点は使われていません。肝心の「なぜ、どうしたら」顧客にとっての価値になるのかの部分で、インサイトやニーズのデータが活かされていません。強みをどう伝えるか、違いをどう理解してもらうかの前に、そもそも顧客にとって価値となる強みや競合との違いは何か、から始めることが大事なわけです。ここでは、ナラティブ分析という方法でこの問題に取り組む手順を紹介します。
●解決指針とタスクフロー
・分析ポイント1 ターゲットのナラティブを集める
・分析ポイント2 「顧客の声そのもの」ではなく、「その声がどこから来たのか」を考える
・分析ポイント3 ナラティブの中の違和感にアンテナを張る
・分析ポイント4 顧客に特有の「意味づけのルール」を見つける
・分析ポイント5 顧客のルールに沿うように、アイデアやブランド特性を顧客体験へ翻訳する
■分析ポイント1 顧客のナラティブを集める
顧客体験を観察・データ化する方法として、顧客体験マーケティングでは「ナラティブ分析」というものを使います。ナラティブとは顧客が語る一人称視点の物語のことで、「その人がそう感じる背景や事情」を理解したうえで一人ひとりに寄り添ったサービスを提供することが望まれる医療や看護、教育、福祉といった対人サービス分野で発展したアプローチです。
なぜナラティブというデータ形式に着目するかというと、成果につながる顧客体験を設計するには、顧客が主観的に感じた価値や課題感をマーケティングで扱える要件に翻訳する必要があるからです。例えば患者と医者の関係を考えてみましょう。患者は「腹が痛い」「気分がすぐれない」といった症状を訴えます。しかし病状以外にも、「夜に痛みで目が覚めて熟睡できないのがつらい」「今のプロジェクトが終わるまでは、入院を伴う治療は避けたい」といった事情や意向もあるわけです。したがって、患者が主観的に感じる患いや生活背景といった「患者側のストーリー」に対して、エビデンスや副作用といった「医療者側のストーリー」をすり合わせたところに、患者にとって最適な「治す体験」があると考えられます。顧客とマーケターの関係もこれに似ています。
顧客体験には、クリエイティブや媒体、機能、デザインといったマーケティングが直接的に介入できる側面と、顧客が自身の主観的なフィルターを通してそれらをどう理解、認識、意味付けするかというマーケティングが直接介入できない側面があります。しかしブランドの価値は顧客が決めるものです。後者のメカニズムを知らずして前者の介入可能な部分の作り込みをしても、無駄打ちになる可能性が大きいわけです。広告にしろプロダクトにしろ、受け手がどう理解するか、なぜそういう理解や意味付けをするのかといった、顧客の主観的なフィルターの作用を分かったうえで体験を作り込まなければ、ブランドが望むような変化を起こすことはできないでしょう。
ナラティブ分析は、顧客の発言や体験エピソードから、顧客がどういう視点やルール、信念を持って生きているのかを読み解き、「顧客が考える物事の因果関係」や「本人にとっての正解」を明らかにしていきます。経験則に基づいた物事の捉え方や「考え方の癖」を最初にあぶり出して、そこから「こういう考え方で生きている人には、こういう課題をこう描写したら伝わりやすいのではないか」「こういう生活背景の中でこの課題感を持ったのなら、ブランドのこの便益をこう伝えるといいのではないか」という仮説を導き出していくわけです。顧客の声に直接答えるのではなく、顧客の声や顧客視点が生まれたバックグラウンドを理解して、顧客が構築したロジックに沿った体験を設計するアプローチ、と言えます。
■分析ポイント2 「顧客の声そのもの」ではなく、「その声がどこから来たのか」を考える
まず顧客とのインタビューやアンケートを通して、生活で起こったエピソードや実体験を物語ってもらった定性的なデータを集めます。これを「ナラティブ」と呼びます。ナラティブを読み取る時に大事なことは、機能や成分など製品やサービスについての評価そのものではなく、その評価がどこから来ているのかという背景要因についての発言に着目することです。
顧客の不満の声や感動の声は、直接それ自体に目(耳)が行ってしまいがちです。しかし顧客の声を額面通り受け取ると、企画に必要な”予測”が働きません。ある顧客が「こっちがいい」と言えばこっちに変える、他の顧客が「いや前の方がいい」と言えばまた戻すというように、訴求軸がころころ変わることになります。重要なのは、実際に顧客が何を言ったかではなく、その声を生み出しているメカニズムの方です
人は暮らしてきた環境や自身のこれまでの経験などから自分なりの視点や判断基準を培い、それに基づいて出来事に意味づけをして物事の価値判断を行います。人にはそれぞれ「これはこういうものだ、こういう時はこうしたほうがいい」といった世の中を理解すための経験則や経験知があり、それに従って生活しているということです。これを「ドミナントストーリー」と言います。
<ドミナントストーリーの例>
・ターゲット顧客は、どんなものの見方をするのか。
・どういうルールで日々生活しているのか。
・何がどうなることを理想的と感じるのか。
・生活上の出来事に対してどんな意味づけをするのか。
・物事の因果関係をどういう視点で捉えているか。
・問題が起こった時に何を原因とみなす傾向があり、どうしたらうまくいくと信じているのか。
製品コンセプトでも動画CMのプロットでも体験型イベントでも、何かを価値として受け入れてもらうためのストーリーを作るには、ナラティブから顧客のドミナントストーリーを引き出すことが何よりも重要です。これらの経験則や経験知は、当然ブランドを選択するときも使われます。つまり、ブランドが買われた時には、ブランドの何かしらの側面がドミナントストーリーに沿っているから価値となり、買われたということです。逆に言えば、買われるためには顧客のドミナントストーリーを知り、それに寄り添うように新たな顧客体験を作り上げれば、顧客に受け入れてもらいやすくなるわけです。
■分析ポイント3 ナラティブの中の違和感にアンテナを張る
ドミナントストーリーを見つけるコツは、ナラティブの中のちょっとした”違和感”にアンテナを張ることです。次のナラティブを見てください。
これは、withコロナでリモートワークをしている人のナラティブの抜粋です。商材はドリップコーヒーです。ドリップコーヒーのブランドを担当するマーケターになったつもりで、この人のドミナントストーリーは何か、一緒に考えてみてください。どこら辺に違和感を感じるでしょうか。次の、「仕事の隙間時間についてのナラティブ」に注目してみてください。
・「コロナ前は自販機で缶コーヒーを買って飲んでいたが、今はカルディーで豆を挽いて貰ったものを家でろ過して数回飲んでいる。」
・「自販機に買いに行くのが面倒になった。人と会わないで済むこともメリットがある。」
なぜ、わざわざ自分でドリップする手間がかかるタイプのコーヒーを選んだのでしょうか。この人は元々缶コーヒーユーザーなのですから、缶コーヒーを通販で箱買いしてもよかったはずです。面倒もないですし、人とも会わなくて済みます。一見すると合理的ではない行動に見えます。しかし、こういう違和感にドミナントストーリーのヒントが隠されています。
■分析ポイント4 顧客に特有の「意味づけのルール」を見つける
先ほどの2つのナラティブに共通するのは、何でしょうか。仕事の合間にオフィスから出てコーヒーを自販機に買いに行くという手間。自宅のリモートワークの隙間に(恐らく)キッチンに行ってレギュラーコーヒーを都度淹れるという手間。2つのナラティブに共通するのは、「どちらも一定の手間がかかる」ということです。では、手間をかけることが、顧客にとってどんな意味があるのでしょうか。
ナラティブにはコーヒーを「リフレッシュできる」と評している内容があります。この人が仕事の隙間時間でコーヒーを飲む目的が「リフレッシュ」なのであれば、手間をかけることがリフレッシュにつながっているのかもしれません。缶コーヒーを「買いにいく」というリフレッシュの行動が、コーヒーを「淹れる」という別のリフレッシュの行動で置き換えられたわけです。ここから、この顧客のドミナントストーリーを、次のように理解することができるでしょう。
<顧客のドミナントストーリー>
「自宅で仕事をする時は、ドリップコーヒーを淹れると、仕事モードから休憩モードに切り替えられる。」
■分析ポイント5 顧客のルールに沿うように、アイデアやブランド特性を顧客体験へ翻訳する
このような捉え方や視点を持っている顧客に対して、あなたならドリップコーヒーをどのように提案しますか。例えば次のようなストーリーはどうでしょうか。
どうでしょうか。普通過ぎると思われたかもしれませんが、ドミナントストーリーが分かれば、顧客の視点や経験即に合わせたブランドの”見せ方”の筋が見えてくることは理解頂けたのではないかと思います。
「顧客固有のルール」や「意味づけの癖」をドミナントストーリーとして引き出すことができれば、そこから、「こういう考え方をしているなら、こういう言い方の方が伝わりやすいのではないか」、「こういう背景でこの課題感を持ったのなら、この生活シーンの中で便益を描写するとよいのではないか」という仮説が見えてきます。
このように、ドミナントストーリーに立脚しながらも、異なる視点や新しい解釈を加えて認識変化を促すストーリーを「オルタナティブストーリー」と言います。このオルタナティブストーリーが、アイデアやブランド特性を顧客体験へ翻訳するストーリーになります。顧客の視点をドミナントストーリーとして理解した上で、ブランドが提供する体験をどのように描けば価値として受け入れてもらえるかというストーリー、つまり価値提案を作成するわけです。
ブランドを顧客体験に翻訳する際は、基本的には上記の作業を繰り返し、オルタナティブストーリーの仮説を複数作成して、価値提案としてのポテンシャルを定量的に検証します。定量検証についてはこちら、ドミナントストーリーの詳細な分析についてはこちらで詳細に解説していますので、よろしければご覧ください。